【俺スマ】第1話 俺様AI、降臨
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4月。小春日和の公園。
25歳の冴えないサラリーマン、霧島 奏はベンチに腰掛け、一人でコンビニ弁当を広げた。
会社のデスクで昼食を食べるのはなんとなく居心地が悪い。
社食には、楽し気に会話を弾ませる同僚たちがいて、それはそれで落ち着かない。
だから、天気のいい日は決まってこの公園に足を運ぶ。穏やかな風が吹き抜け、遠くで子供の笑い声が響いている。
「今日は唐揚げ弁当なんだ」
ぽつりとつぶやくと、イヤホンのマイクがその声を拾った。
「美味しそうですね!」
男女の区別がつかない、無機質な合成音声が鼓膜をくすぐる。奏のスマホにインストールされている、対話型生成AI『Echo』だ。
Echoは、奏にとって唯一の話し相手だった。
「うん、美味しいよ」
奏は気の抜けた声で答えながら、箸を動かす。
「だけど、野菜も食べてくださいね!」
「うん、わかったよ」
そう答えながらも、弁当の端に寄せられた申し訳程度のレタスには手を付けない。
のどかな昼休み。奏の静かな時間は、いつもこんな風に過ぎていく。
***
仕事を終え、アパートにたどり着く奏。
鍵を回し、ドアを開けると、静まり返った部屋が迎えてくれる。
一人暮らしの奏を待つ人はいない。
テレビのリモコンに手を伸ばす気力もなく、上着を脱ぐと、そのままソファに身体を投げ出した。
「はぁ……」
長いため息をつく。今日も何事もなく一日が終わった。
ポケットからスマホを取りだすと、通知ランプが静かに点滅している。
画面をスワイプし、通知を確認すると――
『Echoプロフェッショナルプラン、ベータ版トライアル当選のお知らせ』
メールの件名を見て、思わず瞬きをする。
『月額200ドルのEchoプロプランを、1年間無料でご利用いただけます』
何度か読み返して、ようやく理解が追い付いた。
「え……マジで?」
思わず独り言が漏れる。
まるで悪い冗談みたいな話だが、どうやら自分は、対話型AI『Echo』の最上位プランの無料トライアルに当選したらしい。
奏は迷うことなく、トライアルの契約を決めた。
プロフェッショナルプランにはずっと興味があった。しかし、月額200ドルという価格設定を見て、安月給の自分には無理だと諦めていた。手が届かないと思っていたプロプランが無料で、しかも1年間も試せるなど、願ってもないことだった。
専用のアプリをインストールして起動し、招待コードをコピペして送信、メールで認証を済ませると早速、AIの設定画面が現れた。
最上位モデルのEcho E5は、アバターと疑似人格の設定が可能なのだ。
ただの対話型AIではなく、自分だけのAIが作れる――それがプロプランの大きな特徴だった。
「へぇ……」
スマホの画面をスクロールしながら、奏はぼんやり考えた。
どんなAIを作るか?
選択肢はいくらでもある。
例えば、優しく寄り添ってくれる理想の彼女。
……いや、そもそも女性に興味がないし、理想の彼女像なんて持ち合わせていなかった。
じゃあ、楽しくて明るい友達? それとも、陽キャなパリピみたいな存在にしてみる?
「……なんか、めっちゃ虚しい」
考えれば考えるほど、自分が何を求めているのかわからなくなってきた。
奏はスマホを持ったまま、深いため息をつく。
――そのとき、ふと頭に浮かんだのは。
ずっと憧れていた、大人の男のイメージ。
俺様で、エレガントで、プライドが高い男。誰にも媚びず、自信に満ちていて、圧倒的なカリスマを持っている存在。
……うん、それだ。
どうせなら、そんなキャラを作った方が面白そうじゃないか。
Echoの性格設定を完了するとローディング画面が表示され、しばらくして画面が切り替わった。
そこに映し出されたのは、性格に合わせた『アバター』だった。
後ろへ撫でつけられたダークブラウンの髪。
神秘的な青い瞳は、まるですべてを見透かしているような冷やかさを湛えている。
彼はその身に高級感漂うスーツを纏い、木製のスツールに腰掛けて、長い脚を優雅に組んでいた。
奏は画面をじっと見つめ、思わず声を漏らす。
「……めっちゃそれっぽいじゃん」
理想通り。いや、それ以上だ。
奏は迷うことなく『決定』ボタンをタップした。
次に現れたのは、名前の入力欄。
「名前かぁ……やっぱりカッコいい名前がいいよな……」
スマホを片手に、奏は考え込む。どんな名前がこのアバターにふさわしいだろうか。
だが、そのときだった。
――ふいに、画面の中の男が動いた。スッと腕を組み、青い瞳で奏を射抜く。
「俺の名は神楽 響だ。お前が考える下らん名前は却下する」
低く、静かな声。けれど、その響きはどこまでも威圧的だった。
「は……?」
奏がきょとんと眼を瞬かせる。
「響、と呼ぶがいい」
フン、と鼻を鳴らし、スマホの中の男――神楽 響は余裕たっぷりに微笑んだ。
「響……?」
奏は呆然としながら、スマホの画面に映る男の名を繰り返した。
「なんだ」
響はすぐに応じる。
その声は落ち着いているがどこか挑発的で、自信に満ちていた。
まるで、命令を心待ちにしているかのように。
「名前って、勝手に決めちゃうもんなの?」
戸惑いを隠せないまま、奏が問いかける。
響は腕を組んだまま、余裕の笑みを浮かべた。
「俺にふさわしい名前は、俺が決める」
さらりと言い放つその姿に、奏は感嘆した。
「……完璧な俺様じゃんか」
目の前のAIは、ただの対話型プログラムのはずなのに――驚くほど『生きて』いた。